孤独の彼女

気になっている人がいる。
彼女の名前は「早坂 凪」、かなり美人である。
しかし、彼女が友達と話している様子を僕は見た
ことがない。

高校1年の9月、堅苦しかった入学時の雰囲気は、打ち解けた雰囲気へと変わり、以前にまして早坂さんを孤立させた。
早坂さんの名前は、男友達の間でネタとして上がる程度になっていた。
それなのに何故か僕は彼女に目を惹かれる。
だが、これが恋心ではないことだけはわかる。

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ある日、友達に頼まれ、僕は早坂さんと2人だけで掃除当番になった。掃除は毎回20分ほどかかる。ただでさえ、2人なのだから会話が弾まないのに、相手はあの早坂さんだ。20分の沈黙は我慢しなければならない。
そう思い、掃除を始めた。

沈黙のせいか、いつもより早く掃除を終えることができ、早く帰ろうとロッカーの上に置いてあるカバンを取りに行った。すると、同じく帰ろうとしていた早坂さんが僕のカバンの前にいた。

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何やら早坂さんは、僕のカバンについているアニメのキーホルダーを見ていた。どう対処すべきか分からず、「それ、好きなの?」と僕は言っていた。
すると、彼女は少し困ったように「う、うん、少しだけ……」と答えた。

気まずい雰囲気になる前にカバンを取ってすぐ「じゃあ」とだけ言って、教室を後にした。
気づいてみれば、それが、早坂さんとの初めての会話だった。
帰り道、僕は「明日また話してみよ」と思った。

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ー2週間後ー
自分と共通の趣味があることを知り、僕の中の早坂さんのイメージが変わった。
しかし僕はあれ以降、早坂さんと話していない。
むしろ、話せなかった。

この日は、金曜日であった。
僕の両親は共働きであり、帰宅時間にばらつきがある。そのため、僕の家には「夕飯係」というものが存在する。僕は、金曜日が担当である。
そんな訳で、放課後になると、帰るために駅へと向かった。

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スーパーへ行くために途中で電車を降りる。夕方前の閑散とした駅には僕以外の高校生が所々に見られる。その中に"彼女"もいた。駅員さんと話していた。僕はその前をゆっくり歩く。
「このくらいの大きさ」
「アニメのキーホルダー」
「白い」
そんな声が聞こえた。あの彼女が真剣に話している様子を僕は初めて見た。その上、ジェスチャーも交えている。それほどまでに大切なものだと感じた。

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スーパーでの買い物を終える。いつも以上に買ってしまい、重たい買い物袋を片手に帰宅する。あたりはだいぶ暗くなってきた。駅へ着くと電車を待つため、ベンチに座る。「今日は何を作ろうか」などと考えごとをしながら、電車を待つ。そろそろ到着時間になるので、ベンチから立とうとする。視線の先に“何か”落ちていた。よく見ると、キーホルダーだった。偶然なのか、自分も似たものを持つ。その時、早坂さんの言葉が頭をよぎる。

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ー次の日ー

結局、あのキーホルダーを拾ってきてしまった。間違いなく、早坂さんのものだ。しかし、気まずい。なぜなら、僕が早坂さんに話しかけることは客観的に見ても、違和感を感じる。そして何より早坂さんのキーホルダーは僕が持っているキーホルダーと同じアニメのものだ。僕の行動によって早坂さんの印象を大きく変えてしまうことは必然だ。横目で早坂さんを見る。いつも通り無口な彼女の顔は、いつもより暗く見えた。

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なるべく人気のない場所やタイミングで渡したい。しかし、思い通りにならないうちに放課後になった。今日は諦めようと思い、友達と話し続ける。
十数分経ち、その友達が「部活へ行く」と言い、急いで教室を後にする。少し経ってから僕も教室を後にする。
靴箱に着くと、早坂さんがいた。周りには誰もいないが、いつ人が来てもおかしくない。考えているうちに彼女は上靴を脱ぎ、靴を持っている。
慌てて、僕は彼女に話しかけた。

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「あ…あの、早坂さん!!」
出た声は、必要以上に大きかった。しかしそのせいで驚き気味だが、彼女は振り向いた。心を落ち着かせ、間髪入れずに続けて言った。
「これ、駅に落ちてたけど、早坂さんのだよね」

「そうだけど、、なんで分かるの?」

「実は……」
僕は、彼女が不審に感じないように言葉を選んで説明した。そして、キーホルダーを彼女に渡した。

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「ありがとう…本当に」
彼女はそう言った。僅かながらに彼女の口角は上がっていた。初めて見る顔だった。

「あの、もし良ければ月曜日に会いませんか?」
放った言葉は、自然と敬語だった。
なぜ僕がそう言ったのか、僕自身にもよく分からなかった。「きっと、共通の趣味を持つ早坂さんと友好関係を築きたいんだ」と勝手に解釈した。

沈黙が続く。僕には、その時間が長く感じた。

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早坂さんは大きく深呼吸した。
「いいですよ」
その5文字はとても意外だった。了承を得られるとは思っていなかった。僕は驚きとともに安堵した。そして僕は、早坂さんと連絡先を交換した。

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ー月曜日ー
この日は、土曜日にテストがあったので代休だった。そして、僕が早坂さんと会う日である。

8時に目が覚めた。10時に早坂さんと会う予定だ。連絡を取り合い予定もきちんと立てた。連絡を取っているうちにお互いのことも知れ、仲良くなれた気がした。

休日に女性と会うため、服装は充分に吟味し、身支度が完了したことを確認して、少し早く家を出た。集合5分前にも関わらず、集合場所には、彼女がいた。

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早坂さんが僕に気づく。
「おはよう」
そう言うと、僕もすかさず返す。
私服の彼女は学校の時よりも女の子らしい。
そんな彼女を連れて、まずは映画館に行く。
映画は、早坂さんが薦めてきたものを見る。

2時間が経ち、映画は終わった。
内容は、余命宣告された大富豪が人生でやり残したことをする、というものだった。
とても面白かった。

昼食を取るため、近くのカフェに行き、入り口から一番近い席に座った。

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僕と早坂さんはサンドウィッチとドリンクをそれぞれ頼んだ。
お互いに食べ終わった頃、早坂さんが僕の皿を見る。
「パセリ食べないの?」

「え、いつも食べないけど…」

「じゃあ、貰っていい?」

「好きなの?」

「いや、でも、なんか食べないのも可哀想だし」
そう言って、僕の皿のパセリを取って食べる。

僕は、彼女の意外なところが知れた気がした。

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それから、さっきの映画の話をした。
「そういえば、なんであれ見ようと思ったの?」

「あれ、私が好きな監督の映画なの」

「へー、映画よく見るの?」

「人に教えられるほどじゃないけど」

「僕も今度その人の映画見てみるよ」

その後も話をしていた。
この後は、ショッピングモールで買い物をする予定だ。

そろそろ出ようと思った。その時、入り口から来た女性が僕たちの前で立ち止まる。

「なぎ?」

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その女性の外見を見ても早坂さんとは対照的なことがわかる。彼女が誰なのか、そんなことを考えていると彼女がまた口を開く。

「やっぱりなぎだ。久しぶりー、元気だった?」

その問いかけに一瞬黙った彼女の顔は苦い顔に見えた。

「久しぶり…千佳、中学校ぶりだね」

いつも見る彼女とは違い明るく振る舞っている。なのにその声はその顔とは裏腹に暗い感じがする。

「あれ、なんか中学と雰囲気変わった?」

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「中学の時はもっと明るかったじゃん。高校入ってなんかあった?」

「いや…そんなことはないよ。」

その返答は第三者の僕でも真実ではないことがわかった。
早坂さんと話している女性が僕の存在に気づく。

「もしかして、お取り込み中?あたし、そろそろ行くね、話できて良かった、じゃあね」

そう勘違いして、彼女は店の奥に消えていく。
その後、彼女は下を向いて黙っていた。その意味が僕にはわからなかった。

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帰る時間になった。あれから、所々で話はしたものの僕らの会話は弾まなかった。
電車に乗って、僕は早坂さんと同じ駅で降りた。少しだけ見送ろうと思った。

そして僕は早坂さんの家の前まで来た。

「急に誘ったけど、今日は楽しかった。じゃあ、また明日学校で」

僕はそう言って帰ろうとした。

「私も今日は本当に楽しかった。本当に…でも、 明日からはもう私に関わらないでほしい。」

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よく分からなかった。せっかく仲良くなれたのに、明日からはまた違う生活が始まると思っていたのに、そう僕は思った。

しかし、彼女は僕の咄嗟の誘いに断れなかったのではないか、カフェで会った女性との出来事が関係しているのか、そうも思った。

この対立していた僕の感情に沈黙していた僕は、首を縦に振って「分かった」とだけ告げ、その場を立ち去った。

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ーそれから1年後ー

あれから僕が早坂さんと関わることはなかった。

2年になり、僕と早坂さんは違うクラスになった。
廊下を通るときに見える彼女はまるで入学当初のような雰囲気を放っている。
彼女の視界には僕の存在がないように、僕もいつからかなるべく彼女に近づかないようにした。
冬が近づくに連れ、僕が彼女を見る回数は減っていった。
そんなうちに冬休みが訪れた。

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冬休みは帰宅部である僕にとってとても退屈である。冬休みの課題をやる気力もなく、途方に暮れていた僕は、映画を観ようと考えた。

近くのレンタルショップに訪れた。普段から映画をあまり見ない僕は、おどおどしながら、面白そうな映画を探す。
そこで僕はある映画が目に入った。1年前に早坂さんと見た映画だった。なんとなく僕はそれを手に取ったが、借りることはせず、他の映画を数本借りた。

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冬休みも終盤に差し掛かった。あれから映画を1日に1本は見ている。これほど映画を見ていると、寝てもまともに疲れが取れない。そのせいか、生活習慣が悪くなったように感じた。

朝遅く起きた僕は、軽く朝食を済ませた。今日は仕方なく勉強しようと思い、久々に学校のリュックを開けた。
しかし、なかなか捗らず、お昼を過ぎる頃には映画を見始めていた。

5時頃、映画に没頭していた僕の携帯に新着のメッセージが届いた。

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1年ほど前から話していない相手だった。そんな相手から「今から会える?」とだけ送られ、それに対し僕は、「分かった。場所は?」とだけ返信して着替え始めた。

目的の場所に向かおうとする僕の心には好奇心などなく、ロボットのように走り続けた。

指定された公園に着くと、ただ1人、ベンチに座る早坂凪がいた。

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「ごめん、急に呼び出して」
久しぶりに聴いた彼女の声は以前聴いた時よりもどこか寂しげな気がした。
「どうかした?」
僕はすかさず本題に入った。
「悪いけど、今日は少し話がしたかっただけ」
「本当?」
「本当だよ」
「でも、少しひどい…」
「え、何が?」
「だって、一年前も突然会うのやめよって言ったり、今日だって急に会おうってなったり」
「それは、ごめん… でも、あの時はいろいろあったんだ」

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「てか、そこまで気にする?
私たち付き合ってるわけでもないんだし」
「それはそうだけど」
「だから、お詫びに今度一緒に映画でも見に行かない?」
「映画といえば…」
冬休みの始まりから今にかけての記憶が思い出される。
「冬休みに結構映画見たんだよね。早坂さんが好きな監督の作品も見た気がする。例えば、主人公が冤罪で捕まって、その無実を証明するやつ」
「私、それ、知らないかも…じゃあさ、今度見せてよ」

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あたりはもう夜になった。30分ほど話をしてはいたものの、彼女も僕もそろそろ帰る必要がある。
「そろそろ帰るね」
そう告げて、公園を後にしようとした。
「待って」
突然、彼女に左手を掴まれ、僕は歩くのをやめた。しかし、振り向いても下を向いたまま彼女は何かを言う気配がない。
「あの…」
そこで彼女の言葉が詰まる。
「ううん、ごめん何でもない。今日はありがと」
そう言った彼女に僕は「うん」とだけ返した。

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彼女に会ってから、彼女と連絡することはなくなった。
長かったようで短い冬休みも今日で終わる。
ううんと体を上に伸ばして、終わってない課題に取り掛かる。
映画を多く見ていた分、課題も多く余っていた。
お昼の2時から取り組んだ課題は夜の11時にやっと終わった。
そして、疲れた勢いでそのまま横になって寝た。

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6時に目が覚めた。顔を洗い、朝食を取り、服を着替えて少ししてから家を出た。
学校に着き、クラスメイトたちは「冬休み何した」と会話をしている。とはいえ彼らは少なからず冬休みでも連絡を取っていただろう。こういった話はいつの時代も変わらないのかな、と感じた。
学校初日は、午前中で終わる。決まってめんどくさいこともなく、早く帰ることができる。
そう思って、ボケーっとしていると学年集会が始まろうとしていた。

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クラスメイトとともに講堂へ向った。
講堂へ着くと列を整え、腰を下ろして先生や他のクラスの人たちが来るのを待った。
全員が集まった頃、1人の先生がみんなの前で話し始めた。
「皆さんには突然のことですが、4組の早坂凪さんがつい先日亡くなりました。」
生徒たちがざわつく。僕は状況が理解できずにいる。
「本人とそのご両親の意志で皆さんには伝えられていませんが、彼女は入学以前から重病を患っていました。」

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「皆さんにはとても辛いことですが、皆さんは彼女のためにも、精一杯生きてください。」
それからの話の内容は覚えていない。突きつけられた突然の事実に数日は困惑していた。

それから僕は、彼女の葬式に参列した。

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参列した人の中に僕と同じくらいの年齢だが、見知らぬ人たちがちらほらいる。
中央に見える彼女の遺影は僕が稀にしか見ないほどの明るい笑顔の彼女が写っている。
彼女のご両親の話を聞いて、入学直前の3月に重病と診断されたこと、中学までは明るい子だったこと、他にも僕が知らない彼女のことをたくさん知った。

焼香をするときに見た彼女は、まるでまだ生きている、まだ寝ているだけ、そう感じるほど美しい彼女がいた。

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前ページ、下 訂正



焼香をするとき、まるでまだ生きている、まだ寝ているだけ、そう感じさせるほど美しい彼女がいた。

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葬式が終わったため、家に帰った。

自室で少し落ち着いてから、返さなければならない映画があったので、レンタルショップに行き、映画を返した。

あれから、気分が良くならないこともあって、今自分が一番見たい映画を数本借りた。

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家に戻り、早速映画を見ようと思い、借りた数本の中から一本適当に選んだ。

その映画は、彼女と見たものだった。

すぐに準備をして、見始めようと思い、再生をした。

だが、何故か、あのときのように隣にまた彼女がいるような気がして、見る前から目が霞んできた。

久しぶりに見たその映画はなんだか少しつまらなく感じた。

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