あやかし専門 万事屋へいらっしゃい

僕には、物心ついた時から人ならざるものが見える能力がある。幼い頃はみんな同じものが見えると思っていたから、屋根の上に鬼がいるだとか、襖の影から黒いものが覗いて居るだとか周りに伝えて助けを呼んだりしたこともあったっけ。

でも、助けて貰えるどころか、「嘘をついて気を引きたいんだろう」「不気味なことばっかり言って気持ち悪い」と言われる始末で、僕は人から避けられるようになった。10歳になった今、周りの子達は寺子屋に通ったり、奉公に出たり、店番や兄弟の子守りを任されたりと、それぞれの社会的な役割を与えられて過ごしている。なのに僕にはそれが無い。

僕の能力を恐れた両親は、屋敷の離れに僕を匿った。それでもやっぱり「あの店の一人息子は変なものが見える気狂いらしい」なんて噂は絶えない。怖いものを見たくなくて伸ばした長い前髪と、外に出ていないせいで白く痩せ細った体は、僕の方がよっぽど怪異のように見える。

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もし生まれ変われるなら──、そんな願いは誰もが一度は持つだろう。ある日突然目が覚めたら、違う誰かの体に入っているかもしれない。ある日突然人生という幕を閉じて、双眸を開いたら、明るい太陽に両手を伸ばす赤子の自分の手の甲が視界に広がっているかもしれない。屋敷の離れの無機質な窓から差し込む光は、どれもこれも叶わぬ願いだと嘲笑うかのように今日も冷たい。くるりと窓に背を向け、長い前髪の隙間から室内を眺めてみる。薄暗く光が届かない隅で揺らめく黒い影が一つ。視線を外さず全神経を集中させ、徐々に形が明確になる影の傍に近寄ると、冷たい床に両膝をつき猫の姿をしたそれに両手を伸ばす。

「今日も来たんですか?此処に来ても何も…、ご覧の通り僕は君に差し上げるものは無いんです。外に出る事が出来たら、猫じゃらしか鞠で君と遊べたかもしれないけれど…」

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ここ数日で現れるようになった黒い影は、最初はほとんど見えない霧のようなものだったけれど、日が経つにつれて猫の形になり、少しずつ大きくなっていた。自分の目に見える怪異はもちろん怖い。それでも何故かその猫のようなものだけには恐怖の感情を覚えることがなかった。

もしかすると……、初めてできた友達、かもしれない。友達と言うには程遠いけれど、屋敷の離れで1人過ごす僕にとって、隣にいてくれる存在は大きなものだった。

そうだ、夕食の魚をやってみようか。そうしたら食べてくれるだろうか?あとは、今度こっそり外に出て猫じゃらしを取ってきてもいいかもしれない。昼間は皆仕事で忙しくて店頭に出ているから、こっそり抜け出したって見つからないはず。

外に出た時に、物の怪を見て驚いたり怯えたりしなければ、「普通の人」として紛れて街を歩けるだろう。幼い頃に比べたら怪異に対して慣れてきているんだから、きっと大丈夫だ。

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「よし、外に行こう…。今ならまだ陽が高いから誰にも見付からない。大丈夫、大丈夫…っ」

きっと一人だったら、こんな風には思わなかった。人々から向けられる冷ややかな視線を浴び、陰口を耳にしながら生きていく。普通の生活がしたかった。普通の人になりたかった──。

「お前はね!普通じゃないんだよ、普通じゃない」
鼓膜にこびりついた金切り声。『普通』という言葉ほど、残酷なものはないと思う。普通の定義などありはしないのに。目を真っ赤にした鬼の様な形相の、実の親から投げ掛けられる言葉は、鋭い刃物のように自分の心に突き刺さり、何度も何度も抉る。

元々白い少年の肌が更に青白くなる。じっとその様子を見ていた影には、意思があるのだろうか?泣き出しそうになる少年の顔を覗き込むような仕草を見せる。思えば、誰かに自分の顔をまじまじと見られた事などなかった。

「…大丈夫です。少し嫌な事を思い出しただけだから」

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言葉が通じているのかいないのかよく分からないけれど、黒い影は首を傾げるようにして形を変えた。

「いい子で待っていてください。すぐに戻りますから」

念の為声をかけると、ゆっくり障子を開けて廊下へ出る。長い廊下の奥から店の方を確認すると、両親や奉公人たちが忙しく仕事をしている様子が見えた。

よし、これなら大丈夫そうだ。こっそり裏口の方へと回り、適当なら草履を拝借して外へ出る。

じりじりと照りつける夏の太陽が眩しくて思わず目を細める。外は大勢の人で賑わっていて、長い間離れに1人で過ごしていた僕にとってはとても煩く感じられた。

どこかに猫じゃらしは無いだろうかと地面をきょろきょろと見渡しながら歩き回る。このまま見つからなかったらどうしようだとか、外出したことが露見したらどうしようだとか、頭の中に出てくる不安を打ち消すようにぶんぶんと首を横に振った。

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